2017年05月28日

ヘルベルト・フォン・カラヤン考

審美健康会 山本歯科医院 院長の山本達郎です。


私はクラシック音楽を聴くことがとても好きです。

最近は ヘルベルト・フォン・カラヤンの演奏を暇があれば聴いています。
ヘルベルト・フォン・カラヤンは20世紀を代表する指揮者でした。日本にも1950年代よりたびたび訪れその演奏がテレビ放映されました。皮肉なことに、母国ドイツではなく 自分たちの演奏が日本全国に周知されたことからヘルベルト・フォン・カラヤンは映像や芸術を伝えるシステムに強い関心を示し その姿勢はヘルベルト・フォン・カラヤンが死ぬまで続きました。

ところで カラヤンは「アンチカラヤン」という代名詞に括られる人たちによって批判されることも増えていきました。
そうした批判は ヘルベルト・フォン・カラヤンが3度に渡る結婚でエリエッテ・ムレーというフランスの有名なモデルと不倫の末結婚したりジェット機を操縦して仕事場に通ったりベンツのスポーツカーでのスピード狂・・・という外面的な面が強調されて 心の狭い輩からやっかみを受けたのだと思います。
日本の評論家では宇野功芳らが見識ない評価して ヘルベルト・フォン・カラヤンの実力を貶めました。

私からすると それは 人間が行う努力や献身に対する冒瀆だと思います。
些末な評論家なんかに努力した結果を評価なんかされたくないですよね・・・

ヘルベルト・フォン・カラヤンは1908年にオーストリアの裕福な実業家の次男として生まれました。
幼少から音楽の才能にあふれ 18歳で「あなたは2本の腕で音楽を表現するには足りない。指揮者になりなさい。」という示唆より 自らオーケストラを雇って自分の力を試したりもしました。
今でいう ベンチャー企業ですね。でも 一か八かの賭けだったと思います。

2番目の奥さんはかなり年上の裕福なユダヤ系の女性だったので そうしたヘルベルト・フォン・カラヤンを経済的にも支えていました。
ヘルベルト・フォン・カラヤンといえども 生涯にわたっていつも順風満帆ではなかったようですね。第二次大戦時中だったですが 幸いなことにヘルベルト・フォン・カラヤンの2番目の奥さんはユダヤ人血統の1/4だったためナチスのユダヤ人狩りには対象から外れましたが 結婚相手の件もあり ヘルベルト・フォン・カラヤン出世コースからは外れました。アーヘンの劇場に就職しやすくなるためにナチス党員にもなりましたが、ヘルベルト・フォン・カラヤンは政治活動を行わず どちらかというとナチスに批判的な声明を頻繁に行っていました。
当時ドイツ音楽界の最高位はW.・フルトヴェングラーという人物でしたが(これはさきほどの宇野功芳がB・ワルターなどといっしょに激賞していました) フルトヴェングラーは、ヒトラー批判は何もせずナチスの推奨する支持者を支援する慰問後援会に積極的に従っていました。つまり後援者としてのナチス支援活動は大戦中ずっと行っていたわけですね。

1954年にフルトヴェングラーが死に ベルリンフィルの常任が空位になったことからヘルベルト・フォン・カラヤンがその地位につきました。
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当時から ドイツ音楽界をフルトヴェングラーのあとを継ぐのはヘルベルト・フォン・カラヤンだ!という声はありました。事実 ベルリンフィルを掌握しつつあった1960年代から早速 素晴らしい録音芸術を山ほど我々に残してくれました。
ベートーヴェン交響曲全集などはこの時期の録音が今でも最高位だという評価をされる方が多いです。これに限らずブラームス交響曲やワーグナーの「ニーベルングの指輪」全曲までも!何と60年代に録音を済ませています。

私見ですが 芸術というのは 伝統や文化が入れ替わる過渡期に刺激的な結果が出やすいと感じます。ヘルベルト・フォン・カラヤンがベルリンフィルを引き継いだ初期はW・フルトヴェングラーに私淑していた団員が多数残っていたのです。皮肉なことに そうした時期の演奏に私は心惹かれます。

ヘルベルト・フォン・カラヤンは結局ベルリンフィルとは30年以上の付き合いをしましたが 辞任末期には本来 あ・うんの呼吸 になっているはずの楽団との間で 「火をつけて燃やしてしまいたい」というほど犬猿の仲に陥ってしまいました。毎日 いっしょに仕事している仲間まはずなのに 決裂してしまうこともあるんですね。

さて 終わりよければ・・・ とはいかなかったヘルベルト・フォン・カラヤンですが
生涯にわたる膨大な仕事の数だけ比較しても 現代の音楽家は誰も真似ができていません。
現代最高の指揮者であるバイエルン放送管弦楽団常任のマリス・ヤンソンスをはじめ 現ベルリンフィル常任のサイモン・ラトル その前のクラウディオ・アバドも仕事量では全くヘルベルト・フォン・カラヤンに太刀打ちできていません。

また その質においても 一聴で理解できますが・・・
音のコントロール ―― 我々音楽を聴くサイドに作品への正しい理解をもたらす「作曲家の作品を聴衆にわからせる」という仕事を骨身を惜しまず行う姿勢は私も本当に頭が下がります。

私はサイモン・ラトルの 演奏音楽における 落ち着きの無さと音楽の流れの悪さはどうしても好きになれません。ワーグナーの「ラインの黄金」を聞くと一聴でそうした違和感がわかりますが、彼の得意なマーラーでさえ 音の意味感の薄さにがっかりしてしまいます。
アバドは 私はヴェルディのオペラやベートーヴェンの9番はいいと思いますが、アバドの音楽の傾向として 音に語らせるのでなく 音で自分の個性を語る姿勢 に自分では ときに距離感を覚えます。
ゲルギエフもバレンボイムもティーレマンも 音の連続性でなく 一音一音の響で終わってしまっています。どういうことかと言うと とても気合が乗って「決まってる音」が一瞬あったかと思うとその次には「何も考えてなくてただ順序通りに楽譜をなぞってるだけの音」が続く という現象が続いてしまいます。
私は そういう ムラや気まぐれ に遭遇すると好きになれません。楽譜にある音符すべてに目配りして 最初から最後まで誠意をもって表現する姿勢 それがヘルベルト・フォン・カラヤンの仕事でしたが ―― が好きです。

私もヘルベルト・フォン・カラヤンのように 最初から最後まで 気を抜くことなく 仕事をやりとげる姿勢を自分は歯科医師としてずっと持ち続けたいと思っています。






posted by 達さん at 20:58| Comment(0) | Blog | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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